今日もみんな家に帰ってきた。明日も元気で頑張ろう!

若かった10代の頃。自分が50歳を過ぎたおばさんになるなんて想像もしなかったな。気持ちは若いころと大して変わらないままなのにいつの間にか中年のおばさんになっちゃった。朝の鏡はもちろん、出先でトイレに入っても、ショーウインドーに映ったとき、どこのおばさんかと思って少しだけ悲しくなる。この間なんて、自分では精いっぱいおしゃれして出かけたのに、帰りの電車の中、ふと窓ガラスを見るとどこかのお婆さんが私の事見てて嫌だなあと思ったら、なんと自分じゃん!という切ない体験をしました。結婚して子供が生まれ、ただひたすらに子育てや家事をこなしてきて子供たちはもう2人とも大学生。あんなに小さかったのに私の身長をとっくに追い越して大きく成長したのだから自分も年を取るはずです。2~3年前までは、年々歳を感じると口にしていたのだけれど、この頃では日に日に老いを感じるようになってきました。そんな平凡な毎日を送っていたはずが、まさかの我が子の病気。心の病気を患った長男。高校2年生になってすぐ学校の先生から電話がかかってきて「今から病院搬送します」と来た時には何事が起きたのかと思ったなあ。仕事場に出勤してすぐの電話で、仕事をせずにとにかく帰らせてもらった。夫に電話をして、とにかく家に帰ると夫のほうが先に帰っていました。花粉症の季節で良かった。勝手に涙が出てきて、油断するとヒックヒックと嗚咽が漏れるのをこらえ帰った。夫と息子の搬送された病院へ行ったけれど、息子にすぐに声を掛けられなっかた。よく知っている我が子じゃない気がして。それから今日まで5年がたったけれど、心の病気は治ることはない。2度の入院がその間にあった。腫れ物に触るように扱ってはいけないらしいけれど、いつの間にかいつもどこかでずうっと遠慮のような気持ちがある。以前のように自分の気分次第で当たるなんてまったくなくなった。どこかで我が子なのにいつも気を使っている。それでも大切な我が子。時に調子が悪い時には、人様には言えないけれど20歳を過ぎた男の子なのにまるで小さな子のように私の布団の隣で小さくなって眠っている。あの日、息子の傷を目にした時、生きていてほしいと願った。私より先に逝くことのないようにと神様に祈った。それから5年。時々は私をからかったり、笑ったりもする。出かけたら、もう帰ってこないんじゃないかと、生きては会えないんじゃないかと思って過ごしていた日もあったのに「晩御飯何?」なんて普通の会話を出来るときがある。笑っている息子はあの小さかった時の息子のままで、眠っているときの顔はやっぱりあの時の小さかった息子のまま。いつだってお金は足りないし、お婆さんみたいに私は老けたけど家族みんなが今日も夜にはそろってる。出かけたみんなが帰ってきて1つ屋根の下にそろっている。なんて幸せな私。やっぱり元気が一番だ。明日も頑張ろう。